タイガの森フォーラム
Taiga Forum
Тайга Форум
津曲敏郎
Toshiro TSUMAGARI / Тоширо ТСУМАГАРИ

写真:ビキン川のほとりでウデヘのA.カンチュガ氏(左)と(中村隆之撮影)

各地で相次いだクマの出没や、増えすぎたシカによる食害など、野生動物との棲み分けのむずかしさがしばしば問題になっている。一方で「田舎暮し」へのあこがれにも見られるように、豊かな自然の中でさまざまな動植物と共存することに、都会の人たちも癒しを見出している。野生動物の棲めない環境は、結局人間にとっても望ましいものではないからだ。かつて森を切り開き、自然を支配することこそが「文明」だと信じて突っ走って来た現代人が、長い時間をかけてようやく、還るべき森の大切さに気づき始めたと言うべきだろうか。

森を失うことは、とりわけ狩猟採集民にとって生活の場を脅かされることにほかならない。それは単に食料源として重要だからではなく、もっと根底のところで彼らの生存にかかわる問題なのだろう。ロシア極東の沿海州に広がる森林地帯にはウデヘをはじめとする少数民族が暮してきた。『デルス・ウザーラ』にも描かれたこの一帯は、トラの棲む森でもある。シカなどの獲物を遠ざけてしまうトラは、狩猟民にとって「害獣」と言ってもいいはずだが、彼らはトラを狩猟の対象にはせず、むしろ畏怖の対象とした。毛皮や骨が珍重されたこともあって乱獲され、数が減ったのは、主に外来のハンターのせいである。いや、それ以上に責めを負うべきは、森林資源を皆伐することでトラの棲める環境を奪ってきた伐採企業、とりわけ日本を含む外国資本であるのかもしれない。

「森を守ることが自分たちの生活を守り、伝統文化を守ることにつながる」そう考えて立ち上がったウデヘの人たちがいる。彼らの多くはもうウデヘ語を話せないが、世界的な規模で進行している少数民族言語の衰退・消滅の流れも、実は伝統的な生活環境の破壊と無縁ではありえない。民族の言葉には永い生活の記憶が刻まれており、その生活基盤が奪われたとき、言語もまた存続の拠りどころを失うのだ。もちろん一切の「近代化」を拒絶して伝統に回帰することなどできないし、まして外部から押し付けるべきではないが、少なくとも「森を守る」ことの大切さについてはもっとウデヘの人たちに学び、支援することも必要であろう。すでに日本のNGO(FoEジャパン)がウデヘの人々と連携して各種の保護活動を行い、またエコツアーなどをとおして村の活性化を図るとともに、外部への普及活動を展開している。

都会の暮しになじめず、森へ還ろうとして果たせなかったデルスだが、今デルスの還る森はあるのか? 「デルス」や「トラの棲む森」をキーワードとしてウデヘのことを広く知ってもらい、この森に世界の目を集めることが、ウデヘの人たちに自信と誇りを呼び覚まし、森林保全のみならず文化や言語の保持にもつながるのではないかと考えている。

『北方博物館交流』第17号((財)北海道北方博物館交流協会、2005年3月)への寄稿文「デルスの還る森」より