ビキン川森林地帯
ロシア沿海地方のシホテ-アリニ山脈に流れを発するビキン川(全長580km)は北緯46度付近を西へ流れてウスリー川へ注いでいる(ウスリー川はアムール川へ流れ込み、アムール川はオホーツク海へ流れる)。ビキン川流域は類稀な森林地帯となっており、その自然のスケールや価値はカナダのグロス・モーン国立公園(面積1,805km2。オオヤマネコが生息。1987年から世界自然遺産)やアメリカのオリンピック国立公園(面積3,734km2。ピューマが生息。1981年から世界自然遺産)に匹敵すると言われる。
ビキン川流域は寒暖の幅が大きく、冬の気温がマイナス40度前後まで下がる一方、夏の気温は30度を超すこともめずらしくない。上流域の森林は針葉樹主体(カラマツやエゾマツ)のタイガ林で、野生動物はヘラジカやオオカミが生息しており、地方政府から鳥獣保護区(面積7,464km2)の指定を受けている。中流域の森林は針葉樹(チョウセンゴヨウやエゾマツ)と落葉広葉樹(クルミやナラ)の混交する「ウスリータイガ」とよばれるタイガ林で、野生動物はアカシカ、イノシシ、アムールトラ、オオヤマネコの他、ユーラシアカワウソやシマフクロウが生息しており、地方政府から先住民の「伝統的自然利用テリトリー」(7,464km2)の指定を受けている。
1992年、日本や韓国への木材輸出を目的としてロシア・韓国の合弁企業スヴェトラーヤ社の計画した森林伐採計画にビキン川上流のタイガ林が含まれていた。伐採は日本海側のタイガ林から開始され、山脈を越えてビキン川の水源へ迫った。脅威を感じたビキン川のウデヘの人々は有志を募って現場に座り込み、計画に抗議した。計画推進派の知事とウデヘの味方についた地方議会が激突。同年秋、知事と地方議会の訴訟を受けたロシア最高裁が伐採計画縮小を命じ、ビキン川流域のタイガ林は伐採計画から守られた。しかしその後も数年おきに新たな伐採企業による開発構想が浮上し、そのつどウデヘの人々は問題を訴える手紙に村で署名を集めて大統領・首相・国会・知事・地方議会へ送り、環境NGOなどと連携して世論に訴えることでかろうじてビキン川流域のタイガ林を伐採から守ってきた。
ロシア政府は過去に一度 ビキン川上?中流域(1万1,500km2=115万へクタール=東京首都圏エリアと同等)の世界遺産登録をユネスコに申請している。申請を受け調査・審査を行ったユネスコとIUCN(国際自然保護連合)はビキン川流域の価値については、絶滅危惧種アムールトラの生息などにより十分世界遺産登録に価すると評価しつつも、現状ではロシア政府によるマネジメント体制が不十分であるとの理由で登録を「保留」した。ユネスコ/IUCNはロシア政府に地元先住民(ウデヘの人々)の?全面的参加?を得て効果的なマネジメント体制を作り上げること、その上で再び申請を行うことを勧告した(2001年の第25回世界遺産委員会において)。
なお、この時併せて申請されたシホテ-アリン国立自然保護区(アムールトラが生息)は「中央シホテ-アリン」という名称で自然遺産リストへ登録された。今後 ビキン川流域が遺産登録される場合はこの世界自然遺産「中央シホテ-アリン」の「拡大再登録」という形が採られる。