ロシアで開催される予定の「世界トラサミット(World Tiger Summit)」が、当初予定されていた9月14?17日から11月25?27日に開催日程が変更になったという知らせが、先週、ロシア・モスクワから入りました。
「世界トラサミット」は、世界のトラ生息国13カ国の首脳が集まってトラの保護について議論するもので、ロシア政府がホストとなって開かれます。
19世紀の初めにはトルコからオホーツク海までのアジア全域に9亜種10万頭が生息していたトラは、わずか100年で6亜種3,500頭にまで減り、今後も今のままでいけば絶滅してしまうという予想があるほどです。トラサミットでは、次の寅年である2022年までに、3,500頭まで減ってしまったトラの数を倍増しようという野心的な目標を達成するためのトラが生息する各国での実行計画が話し合われます。
ロシアに生息する世界最大のトラであるアムールトラは、他のトラとは状況が少し異なり、ここ30年間の生息数の推移をみると(1995年頃に250頭前後まで減少したが、近年では500頭前後まで回復)、唯一増加傾向を示しているといわれています。20世紀後半から行われているトラ保護政策の成果を示すものとして、他の国にとってロシアの経験は参考になるでしょう。
しかし、ロシアにおけるアムールトラの保護にまったく問題がないわけではありません。この4?5年という短期のスパンでみると、WWFロシアが行った雪上の足跡調査によれば、アムールトラの頭数は再び減少を示しているという結果も出ています。そこで、極東ロシアのアムールトラ保護を充実させるために注目されるのが、アムールトラが50頭生息しているというビキン川中上流域の森林地帯です。
ビキン川の中上流域の約115万ヘクタールには、ウデヘやナナイなどの先住民族が暮らしているため、彼らの伝統的な自然利用を認める形で保護区を設定することが求められます。実際に、地元であるビキン川のほとりにあるクラスニヤール村の先住民族狩猟組合「ティーグル」の代表のウラジミル・シルコ氏は「私たちはビキン川流域が、先住民族自身が自然資源の維持管理に参画できる伝統的自然利用テリトリーに指定されるよう政府に申請しており、指定実現を目指して粘り強く働きかけていきます」と話しています。
なお、「伝統的自然利用テリトリー」というのは、先住民族による自然利用と自然環境の保全の両立を可能にした、2001年にロシア連邦法で新たにつくられた保護区制度で、ビキン川中上流域が指定されれば、第1号となります。
このような地元の要望を後押ししている「北方先住民族ロシア連盟(RAIPON)」は、ビキン川流域のトラの保護に関わる先住民族の声を、プーチン首相を含めた世界各国の首脳に届けるために、自らがトラサミットに正式に参加できるようにロシア政府に働きかけを行っていました。「タイガの森フォーラム」も、RAIPONからの要請を受けて、プーチン首相、天然資源・環境省、沿海地方知事などの関係機関に宛てて、ビキン川流域におけるアムールトラの保護政策に先住民族の意見を取り入れた実効性のあるものとするために、現地の先住民族の代表をトラサミットに招待してほしいという要望書を8月に出しました。
プーチン首相とロシア政府に送付したリクエスト(ロシア語、英語、PDF)
RAIPONとタイガフォーラムからのリクエストが届いたのか、ビキン川の先住民族代表として、ウデヘで RAIPON 第一副議長のパヴェル・スリャンジガ氏がトラサミットで発言の機会を得たというニュースがやはり先週(9/9)、届きました。
11月に開催時期が変更されたトラサミットで、ビキン川流域の森林地帯の保全を前進させるような決定がなされるかどうかは定かではありませんが、少なくとも現場の先住民族の声を聴こうという姿勢がロシア政府側にあることが明らかになり、議論を進める土台づくりの一歩となると私たちは期待しています。
タイガフォーラムでは、狩猟組合のリーダーであるシルコ氏やスリャンジガ氏をゲストスピーカーに迎えて、10月の愛知県名古屋市で開催される生物多様性条約第10回締約国会議(CBD-COP10)の機会をとらえて、ロシア政府機関やその他関係機関等に対して、ビキン川流域の森林地帯の重要性について訴えていきたいと考えています。
(坂本有希/タイガの森フォーラム事務局)