こんにちは。三上雄己です。制作中のドキュメンタリー映画「タイガからのメッセージ」、最後の撮影のためにタイガに帰ってきました。今回のメインの目的は、前回の撮影時に仕掛けた「トレイル・カム」の回収でした。「トレイル・カム」とは、もともとハンター達が自分の獲物の動向を事前に探るために開発した、赤外線センサー付きのカメラのことです。動物がセンサーの領域に入ると、カメラが自動的に作動し、映像や写真に収めてくれます。最近では、去年BBCがブータンで森林限界以上である高度4000m付近でのトラの撮影と生息確認に世界で初めて成功し、大変話題になりました。その機材を10台使って、僕らはタイガのビキン川中・上流域に生息するトラを、これまた恐らく世界で初めて映像にとらえることを試みたのです。
1ヶ月振りのロシア沿海地方は、6月も下旬に入ろうとしているにも関わらず雨の降る肌寒い天気が続いていました。去年の今頃初めてタイガを訪れた時は、一ヶ月も雨が降らない日々が続き、暑くて乾いていたのに、今年はうってかわって、涼しい日々が続く6月だということでした。クラスニヤール村の人々も首をかしげる不思議な天気でした。
ハバロフスクからクラスニヤールに向かう道中でも、村に着いても雨は降り続いていました。しかし、こちらも時間との戦いなので悠長なことは言っていられません。村に着いた次の日も天候は良くなりませんでしたが、予定通り船に乗ってタイガに向かいました。
トレイル・カムを仕掛けたのは、中流域の上の方のハバゴーという猟場基地に近いところで、村からおよそ160km上流に位置しています。先月はたまたま猟師たちがヘリコプターで飛ぶタイミングにうまく合ったので、便乗して川をさかのぼることが出来ましたが、今回は最初から船での移動となりました。途中カメラを3台回収したり、少し休憩しながら、結局10時間ほどかかってハバゴーに到着しました。その頃までには、体はすっかり冷えきり、夏で日が長いとはいえ陽はほとんど落ちていました。
今回の回収作業で一番驚いたのは、5月に仕掛けたカメラの場所の様子があまりにも変わっていたことでした。先月は、ほぼ平地で何も生えていなかった場所が、まるで熱帯のジャングルの様になっていたのです。
雨が降り注ぐ中、腰の高さ以上まで元気に茂ったシダなどの中を蚊やアブやブヨなどと戦いながら歩くのは、結構しんどいものです。深い緑に覆われた森は、先月カメラを仕掛けた同じ場所とは全く思えない程変容していました。しかも、例年になく降り続ける雨により、通年では水が干上がり道となるような場所が川になっていたり、水かさが異常に多くて渡れるはずのところが渡れなかったりして、僕ら撮影チームは初日だというのに、かなり体力を消耗しました。しかし、タイガを知り尽くしている、われらの信頼度ナンバーワン猟師のセルゲイ・カルーギンの水先案内により、なんとか初日に3台のカメラを回収しました。
一日の最後には、少しばかり陽が射し、「虹が出そうだな・・・」と思っていたところ、本当に虹が出てくれて、一同疲れてはいたものの、なんだか気持ちは晴れやかになりました。
ハバゴーにある猟師の基地に着くと、早速セルゲイや同行してきたの他の猟師たちにカメラに映ったものが早く見たいとせがまれました。彼らにとっても、自分たちの活動している森にトレイル・カムを仕掛けるのは初めてのことなので非常に強い興味を持ってこの時を待っていたようです。そこで、濡れて冷たくなった体のこともそっちのけで、トレイル・カムからメモリーカードを取り出し、ラップトップに接続しました。ワクワクする気持ちと何も映っていなかったらどうしようという気持ちとが入り交じった緊張の一瞬です。というのも、いくらこの森を知り尽くしているセルゲイと一緒に設置したといっても、やはり野生は野生。どこまでも読めないものなのです。トラの通りそうな「虎道=獣道」を狙ったカメラがどう反応していてくれるのか・・・?猟師小屋で、みんなの期待が僕のラップトップに集まっているのを感じながら、一つ一つ映像をみんなで確認していきました。
結果は・・・、残念ながら、トラは映っていませんでした。しかし、イノシシが一頭、ノロジカが数頭、アカシカが数頭。中には、一瞬でカメラの前を通り過ぎているものもありました。それでも、その一瞬や体の一部でそれらの動物を即座に認識し判断している猟師たちと、映っているものを確認するのはとても興味深いものでした。子供のころから何百回とタイガの動物と接して来ている彼らにはごく当たり前のことでも、僕らにとってはそれは驚くべくことだったのです。
トレイル・カメラを今回初めて使用した僕らにとっては、野生動物が何かしらでも写っていたことは「ほっ」と出来ることではありましたが、トラが写っていなかったことは個人的にはやはり非常に残念なことでした。今回の設置場所を選定してくれたセルゲイと目を合わせると、彼もやはりちょっと悔しそうな顔をして「明日が本番だね」と静かに小屋を出て行きました。